東洋医学のエビデンス
私はよく「東洋医学的な根拠を示してください」というのですが、いつも返ってくるのは西洋医学的なエビデンスです。
これは東洋医学を西洋医学的に見て、根拠を示そうとしているわけです。
これを否定するわけではありません。
私は、東洋医学的に見てほしいのです。
ともすると、東洋医学にエビデンスはないと思われるかもしれませんが、そうではありません。
私が「理」という言葉で表現するものです。
全てのこと(もの)には理(ことわり)があります。
しかし、これは目に見えないのですね。
だから、証明ができないのです。
ではどうやってこれを証明するかというと、「論ずる」のです。
だから、「理論」というのです。
古典などの記述から、何を「理」と受け取り、これを論ずることで、本当の「理」に近づいていくのです。
私はどこまでもこの本当の「理」、すなわち「真理」を追い求めております。
ですので、理論はみんな違っていいのです。
証明ができないのは人の身体の中も同じですね。
ですから、東洋医学では「弁ずる」のです。
このように東洋医学とはそもそも「いかに目に見えないものを証明するか」を問われている学問なのです。
当たり前の話です。
私たちが相対するのは「気の病」であり、そもそも目に見えません。
ですので、それに対して、数字や解剖学的なエビデンスはほぼ意味を持ちません。
それらの西洋医学的なエビデンスを抜きにして追求していくことが、東洋医学的なエビデンスに近づけると、私は考えています。